2020年12月27日

【訃報】なかにし礼さんを悼む・・・前日の中村泰士さんに続き、「北酒場」の悲報か・・・黒沢年男さんの「時には娼婦のように」は8歳の頃の私の愛唱歌でした、お悔やみ申し上げます・・・

もうねえ、無念極まりないですよ。

つい一昨日、中村泰士さんの訃報に
ついて当ブログで触れたばかりなのに、
今度はなかにし礼さんの訃報について
触れなければならない。

本当は昨日の時点で取り上げたかった
のですが、なにしろ時間もなく・・・。

なかにし礼さんが作詞し、中村泰士
さんが作曲して、細川たかしさんが
歌った「北酒場」は1982年のレコード
大賞を獲得しました。

私もその頃から、本格的に歌を聞き
始めたものですから、82年前後の曲に
関しては、並々ならぬ愛情のような
ものがあります。

しかし、こんなことがありますかね?

「北酒場」なる大ヒット曲を作曲した
中村泰士さんがお亡くなりになった
次の日に、同じく「北酒場」を作詞
したなかにし礼さんがお亡くなりに
なるなんてことが。

「北酒場」は38年前の大ヒット曲です
が、思えば、私くらいの世代前後が
「北酒場」をリアルタイムで覚えて
いる最後の世代なのかもしれません。

なんだろうねえ。

やりきれないよねえ。

もっとも、なかにし礼さんに関して
言えば、私にとっては、1978年2月に
発売され、オリコン最高2位、60.8万枚
の大ヒットとなった黒沢年男さんの
「時には娼婦のように」が最も印象
深い。

(*コチラです。↓)




私は当時、8歳ですよ。

当時の記憶はあまりないのですが、私が
中学生か高校生になった頃だったか、
とあるテレビ番組で黒沢年男さんが
「時には娼婦のように」を歌っていた
時に、両親がそろって私に対して、
「あんたは小さい頃、この曲をよく
歌っていた」と言うではありませんか!

いや、本当に記憶がないんですけどね。

小学2年生から3年生の頃のことですから。

今になって思えば、やっぱり、ああいう
歌詞の曲を歌っていたということは、
知らず知らずのうちに、我が身の体に
沁み込んでいたんでしょうなあ。

そういうものなのかもしれません、流行歌
というものは。

あれから40年以上経って、いまだに私が
歌謡曲や演歌が好きであり続けていると
いうことは、この辺に理由があることは
間違いない。

理屈じゃないんですよねえ。

まあ、でも、なかにし礼さんの歌詞の
世界に早くから触れることができたと
いうことは、今思えば幸せだったのかも
しれません。

今の時代、なかにし礼さんのような
「大人の、妖艶な」歌詞を書く作詞家
は皆無と言っていい。

というか、作詞家という職業自体が、
絶滅危惧種になりつつあります。

そういう歌詞に、子供の頃から触れる
ことができたということは、本当に
ラッキーでした。

「そういう世界が当たり前」だと思う
ようになりますからね、子供心に。

なかにし礼さんは他にもたくさんの
ヒット曲がありますが、北原ミレイ
さんの「石狩挽歌」や。北島三郎さん
の「まつり」あたりは、最骨頂でしょう
なあ。

残念極まりない。

お悔やみ申し上げます。



*このCDは欲しいね。琴風さんの
「まわり道」や島津ゆたかさんの
「ホテル」も作詞していたとは・・・。↓





posted by あらやまはじめ at 00:16| 神奈川 ☀| Comment(0) | 細川たかし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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